凡人はどこまで往けど凡人/才能無き者は他者の光に依って輝くことすらままならない
元始、凡人はその他大勢であった。唯の人の一であった。
僕も昔、夢があった。歴史に名を残すような事をするという夢が。
然し、そんな事を出来るのは一握りの人間、天運に見初められた、又は極一部の天賦の才を持つ人間だけだと気付いてしまった。
どんなに善性を極めようと、凡人は凡人の一であり、英雄にはなれない。ましてや歴史に名を残すなど以ての外だ。世界を動かす、変えると云う行為は厳しく、その道のりは果てしなく険しく遠い。一個人、一人の人間が行うのには余りに難しいのだ。
そこで僕は考えた。
「善事では到底無理。では悪事ならどうか」と。
然し世界は厳しかった。
どんなに悪性を極めようと、凡人は凡人の一であり、禍害にはなれない。ましてや歴史に名を残すなど以ての外なのである。数十年後、戦後最大の殺人事件である相模原障害者施設殺傷事件の犯人被告人Aこと植松聖氏の存在をいったい何人の第三者(被害者の親族、知人が覚えているであろう点では他の殺人と同じ。そんな些事は人類史規模ではどうでもよい。)が覚えているというのだろうか。何度でも言おう。世界を動かす、変えると云う行為は大変厳しく、その道のりは果てしなく険しく遠い。一個人、一人の人間が行うのには余りに難しいのだ。
(英雄(hero)の反対語は悪役(villain)であるが、日本語では”英雄”のスケール>>>”悪役”のそれなので禍害とさせていただく。)
今この世界で名を馳せている”著名”人ですら、数十年、数百年後のには凡てが一炊の夢、夢の跡。人類史の端にすら載らないであろう。
現代世界で凡人、或いは無能で尚且つ人類史に名を残しそう、残し得る人間は金正恩氏であろう。
彼も親の存在という圧倒的な゙天運アドバンテージ”が存在しているが。
ただしかし、親の存在で一国の王になった程度では人類史に名を刻むなど程遠いであろう。
例えば最近では”サウジアラビアのサルマン国王が甥のムハンマド・ビン ナエフ氏から息子のムハンマド・ビン・サルマン氏へ皇太子に昇格させた”
だから何だよ。である。
親から権力受け継いだくらいじゃ人類史に名を残せないのだ。
然し金正恩氏、彼は親から継承した権力を以て大暴れ、である。
核の一発でも発射すれば、人類史に名を刻むことは恐らく容易であろう。
芸能人が公園で全裸になろうが、大正義巨人軍のヒーローが麻薬使用しようが、ドラフト一位が学生時代のホモビ出演をリークされて指名回避、以降ネットミームになったりしようが、僕がこの命の総てを以て全身全霊でどんな悪事をしようが、親の存在で総書記になっただけの刈り上げ野郎こと金正恩(33)のボタン一つに勝てないのである。
それはただ、凡人であるが為に。天に目を掛けられなかった魂であるが為に。
命が平等?そんな訳ないのである。
そして非凡な人間は、一様にしてこんな凡人の「苦」を「愚」と一蹴するのである。
今も尚、凡人は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のやうな青白い顔の月である。
ギュウひのブログ、また次回お会いしましょう。
不穏な記事やねぇ・・・